葛飾北斎世界の絵師・北斎の生まれをたどる
葛飾北斎 世界の絵師・北斎の生まれをたどる
世界的に有名な絵師・葛飾北斎は墨田区で生まれ活躍しました。
その作品は現在も多くの芸術家に影響を与え続けています。そんな偉大な絵師のゆかりの地をたどります。
コース詳細
両国観光案内所
両国エリアを中心した観光案内やパンフレットが設置されています。両国観光案内所発のガイドつきツアーも開催(夏季・冬季除く)しています。すみだのお土産も販売しています。
旧安田庭園
"本庄氏の大名庭園として元禄年間(1688~1704年)に造られた潮入回遊式庭園です。庭園にある「駒止石(こまどめいし)」は、隅田川の大洪水の被害状況を検分する際、馬をつなぎ止めた石だと伝わっています。葛飾北斎の浮世絵にも描かれた石は、現在もこの庭園で見ることができます。
●「馬尽 駒止石」
回向院
明暦3年(1657年)、江戸の町民10万人もの命を奪った大火災(明暦の大火)がありました。回向院は、この時の身元不明者を合葬、供養するため建立されました。巨大な絵を縦横無尽に描く北斎のパフォーマンスは、この寺の境内でも行われたといわれています。
両国橋・大高源五の句碑
"北斎の『絵本 隅田川両岸一覧 両国納涼一の橋弁天(えほん すみだがわりょうがんいちらん りょうごくのうりょういちのはしべんてん』には、いにしえの両国橋が描かれています。納涼の人出でにぎわうダイナミックなその風景を、現在の姿と比べてみるのも一興です。
●「絵本隅田川両岸一覧 両国納涼一の橋弁天」
本所松坂町公園・吉良邸跡
"歌舞伎の演目にもある「忠臣蔵」。主君の仇討ちのため赤穂義士が侵入したのが、かつてこの地にあった吉良邸です。北斎の『新板浮絵忠臣蔵第十一段目(しんばんうきえちゅうしんぐらだいじゅういちだんめ)』には、吉良邸への討ち入りの場面が描かれています。
●「新板浮絵忠臣蔵第十一段目」
烏亭焉馬住居跡
烏亭焉馬は、大工の棟梁の子として生まれ、戯作者、狂歌師として活躍しました。北斎も焉馬の読本などに挿絵を描いています。
榛稲荷神社
晩年の北斎は、娘のお栄と一緒にこの社の近くに住んでいた。北斎の弟子が、北斎親子の暮らしぶりを『北斎仮宅之図(ほくさいかりたくのず)』という作品に残しています。
葛飾北斎生誕の地
「冨嶽三十六景(ふがく さんじゅうろっけい)」を描いた稀代の絵師・葛飾北斎は、宝暦10年(1760年)、本所南割下水(現在の墨田区亀沢周辺)で生まれました。
緑町公園(すみだ北斎美術館)
葛飾北斎(1760~1849)は、本所割南下水(現在の墨田区亀沢周辺)生まれました。生涯のほとんどを墨田区内で過ごしました。「冨嶽三十六景」の中には場所を特定できる作品もあります。平成28年(2016年)11月22日、その北斎の偉業を発信する場として「すみだ北斎美術館」が開館しました。